東村山市教育相談室・専門相談員の清水洋邦さんの、心理学の立場から思う「子育て」についてのお話しです! |
ここのところ、急に涼しくなってきました。ほんの少し前まで暑い日々が続いていたと思ったら、この頃は朝夕、半袖だとちょっと寒いような時もあります。 10月といえばもう衣替えの季節です。秋、そして徐々に冬がやってくるのを感じさせる時期ですね。秋物、冬物を引っ張り出さなければ、と思っているところです。 <語彙を充実させる目的> 先月は子育てと語彙について触れながら、感情の発達について書きました。 子どもを育てていく中で、語彙、特に感情を表現する言葉は非常に大切となります。ただ、無闇に語彙を増やせばいいというわけではありません。感情というのは徐々に複雑化してくるもので、小さな子どもに難しい言葉、こまやかな感情を表す言葉を伝えても、自分のものにはなりにくい。あくまでも、その段階に応じた言葉で表現していくことが必要になると思います。 例えば「喜怒哀楽」という言葉があります。この言葉自体は、人間の様々な感情を表す言葉ですが、字を見ると「喜び」「怒り」「哀しい」「楽しい」という四つの感情が書かれています。この四つは基本的な感情と言っていいと思います。(「喜ぶ」だと、子どもに向けて表現しづらいので、「嬉しい」でも良いでしょう) 「快」「不快」の二つで大まかに考えていたものが、少しずつ「快」の中にも様々な感情が、「不快」の中にも様々な感情があるという事を知っていく。あくまでも語彙を充実させるというのは手段です。目的はその語彙力を使って、子どもの中にある感情を丁寧に表現してあげるということになります。 <「むかつく」という言葉> さて、「むかつく」という言葉があります。 腹が立った時や、何か気に入らないことがあった時に「むかつく」と言って使う言葉ですね。 ところで、20代、30代くらいの方々ですと、子どもの頃「むかつく」という言葉を使ってはいけない、と言われた経験があるのではないでしょうか。私は小学校の頃、「むかつく」という言葉を使って、先生や親に注意された経験があります。現在では言葉そのものが市民権を得てきて、当たり前のように聞く言葉になっています。 この「むかつく」という言葉を辞書(日本語大辞典・講談社)で調べると「@吐き気が起こる A腹が立つ」と書かれています。つまり、最初の意味としては嘔吐感なんですね。「胃がむかつく」というような。ですが、いつの間にか、後者の意味で聞く機会が増えたように感じます。 言葉というものは進化していくものです。「むかつく」と言った場合、「腹が立つ」を示すことが殆どになるとすれば、それも時代の流れなんだと思います。 ただ、ここで少し考えて欲しいことがあります。それは、この言葉をあまりにも色々なところで使っていないか、という部分です。なんでもかんでも、不快な感情を「むかつく」でまとめて済ませていないでしょうか。 <どんな場面で言ってるんだろう?> では、「むかつく」という言葉をどんな場面で使うか、少し考えてみます。 1.クラブ活動の練習試合に負けて「むかつく」。 2.テストで思うような点が取れなくて「むかつく」。 3.先生や親に注意されて「むかつく」。 4.電車やバスに乗り損ねて「むかつく」。 ぱっと思いつくだけでも、様々なシチュエーションが思い浮かびます。 でも、上のシチュエーションでは、他の言葉も当てはまるように感じませんか? 例えば1や2の場面では、「悔しい」という言葉も当てはまるのではないでしょうか。どうしてむかついているのか。自分たちの力がうまく発揮できなかったり、及ばなかったりした、それに対する苛立ちや悔しさを感じている。あるいは、自分たちの不甲斐なさが情けなかったり、そこに腹を立てている。 3も同様です。やはり、自分たちがやったこと、やろうとしたことを注意されて腹が立った。この場合、自分たちがしたいようにできなかったことや、不本意なことを強制されて嫌だなと思っている。あるいは、自分たちのやっていることを「悪いこと」とされたことに対して、怒っているのかも知れない。 4の場面というのはしばしば目にするように思います。予定通りにことが進まない苛立ちです。でも、電車などの時間が決まった乗り物に乗り遅れるというのは、本来は自分が悪いはずなんですね。「乗れなかった」と落ち込んだり、「あそこで手間取らなければ…」と悔やんだりという気持ちが本来なのに、なぜかこういう風に言ってしまう。考えてみれば、少し自分勝手な言葉なのかもしれません。とはいえ、私もそのひとりで、急いでいる時に電車やバスに乗り損ねると「あー、むかつく」と呟いてしまうことがあります。これは傍目から見て、ちょっとかっこ悪いのかなあ、などと書いていて思いました。少し反省しようと思います。 <より細やかな感情へ> さて、4の例は多少、哲学じみた話になりましたが、上の例では「むかつく」と言う背後に、その他の感情(あるいは本当の感情)があることがわかると思います。「むかつく」ではない、もっと細やかな感情がある場合がある、ということですね。しかし、そこに焦点が向けられずに、「むかつく」の一言で片付けているように感じます。これは、感情が深まる機会を奪ってしまうんです。 ここで、前回の内容を少し振り返ります。感情というのは、それを感じた時に適切な名づけ、表現をしてあげないと、それを体得できないということを書きました。悲しいと感じている子どもに対して「そうか、悲しかったんだね」という言葉かけをしてあげることで、「これは『悲しい』という気持ちなんだ」ということが学習されていくわけです。これは一番端的な例ですが、このような感情表現とそれに対する名づけを繰り返すことで、感情は育っていきます。 ところが、「むかつく」というのは便利な言葉で、様々な感情をこの一言で表現できてしまう。実際には「怒り」だったり「苛立ち」だったり「やるせなさ」だったり「不安」だったりするはずなのに…こうした様々な感情を一言で表現してしまうと、やはり感情が深まるチャンスを逃すことになるわけです。 子どもがどう感じたかを表現できるようになってきた時、次は状況を聞いたり、問いかけをすることで、必要ならば他の言葉を見つけてあげる必要があります。「むかつく」という話を聞いたとき、例えば「○○で悔しかったんだね」という言い換えをしてあげることで、「悔しい」という名づけができます。子どもはその時、「悔しい」という感情を知ることができるのです。 <言葉は人次第> さて、今回は「むかつく」という言葉をテーマに書きました。 でも、「むかつく」が悪いわけではないのです。この言葉にはきちんとした意味がある。「胃がむかつく」だったり、腹が立った時には使っていいんです。でも、問題はその意味が幅を広げすぎていて、便利に使われすぎていること。なんでもかんでも「むかつく」だけで済ませている点にあります。つまり、言葉を使う人間の側の問題なんです。そしてたぶん、こういった問題は「むかつく」だけに限らないのでは、とも思います。 「むかつく」を使うから、感情が育たないというわけではありません。きちんと意味を分かって、あるいは「むかつく」と表現した背後にどんな他の感情があるかを自覚した上で、「むかつく」を知っているならば問題はないのだと思います。 普段「むかつく」という一言で処理している背後に何があるのか。より細かく分けていった時、自分は果たしてどう感じているのか。それを知ることは、自分自身にも大切なことではないでしょうか。そしてそれは、子どもにとっても同じことが言えるのだと思います。 |
2005年10月号