ママとパパのリレーエッセイ
ー第37回ー
ぺーさん

◎こんにちわ、ペーです。

実は僕、パパではないのだけれど、エッセーを書かせてもらうことになりました。
これまでの皆さんとノリが違うかもしれないけど、たまには趣向を変えてみていただきまして、お付き合いください。
◎「高校OB会」
「なんで“子育て支援”だよ、このロリコン!」
たまに高校の友人に会うと、今の自分の活動が信じられないらしい。
けっこうハードな罵声が飛ぶ。
気がつけば、高校を卒業して15年が過ぎようとしている。
そして、それは彼らの知らない15年間。
あまり大人になった自覚はないが、間違いなくすっかり「オジサン」だ。「人は変わるのだ」と最近思う。
「おまえ若いのに禿げたなぁ・・・いったいどんな苦労したんだ?」
遠慮なく、子どもの喧嘩をしかけてやった。
◎「原点」
3月、僕の中では特に「もの思いにふける季節」になる。
花粉症で頭がふらついているせい?それは否定はしない。
妻とつき合いはじめた記念日だから?それは関係ない。
1997年、大学卒業を控えた3月、ここに大きな人生の転機があったからだ。

3月7日、午後6時を回った頃、就職先からの電話が携帯を鳴らした。当時はまだ携帯が普及していなかったことも思い出す。
そして告げられた「北海道の児童養護施設へ出向」。
この先、北海道で過ごす事になる一年間が、「わずか」ではなく、「とても大きな」になることに、このときは気づかなかった。
◎「カミングアウト」
北海道から帰る日、1998年3月20日、雪が降る中、長万部の駅で北斗星を待っていた。
駅に来てくれたのは3人の見送り。うち2人(夫婦)は邪魔者だ。もっとも、こやつら(12歳も年上)とは現在も親しい。
しっとり別れを告げようとしていたのは北海道の恋人?映画のワンシーンを気取りたかったんだよなぁ。
最後に渡された手紙は、けっこうヘビーな内容でした。笑顔にこぼれた涙は永遠に忘れないでしょう。。。
このことでは、後日今の奥さんに3回ほどビンタされた記憶があったりもしますが・・・
しかし、その2か月後、電話の向こうで彼女は別の涙を流していた。
◎「本当の別れ」
児童養護施設という所は、やはり誰にとっても「良いところ」ではない。まさに「必要悪」の代表だ。
さらに、そこはブラックボックスのようなもので、ある女の子が施設職員の虐待で殺された事件がマスコミに流れることは終になかった。

その女の子が入所した日、ずっと一緒にいて、誰よりも慕ってくれたのを思い出すと、今でも涙が止まらない。

無力感・・・それは時に、人を大きく変える原動力になるんだと思う。

彼女の声を聴いたのも、それが最後だった。
◎「再開?」
今さら日々こんなことを思い返すのも、北海道で観ていた「水曜どうでしょう?」というローカル番組がちょっとしたブームになっていて、大泉洋なんていうローカル芸能人が東京進出してきて、まぁ「懐かしい」と思っているせいなんだろうと・・・。
よく当時を思い出すようになりました。

その番組の主題歌がとても好きなので、ここに歌詞を記したかったのですが、子育てコンビニ編集部さんに「著作権問題のためNG」といわれてしまいました。
疲れたときこそ前向きになれる、そんな1曲です。
 『1/6の夢旅人2002』。「水曜どうでしょう公式ホームページ」のFAQのQ12に掲載されています。

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2006年3月号