看護師さんたちが笑うほどの蹴りっぷりで、お医者さんには「お腹の中でもよく蹴ってましたか?」と聞かれた。こういう何でも蹴る子どもは、すでにお腹の中にいるころから足癖が悪いのだそうである……。まさしく、その通り。
しかも、そのキックは最近重量級になってきた。ばたばた、というよりも、どふん、どふん、と殺傷力を感じさせる音を立てて蹴るのである。あやしていてみぞおちにキックをくらってしまったときには、一瞬視界が黄色く点滅した。 |
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どうしてこんなに、落ち着きのない子どもが産まれてきたのだろう?
つらつら考えるに、やはり胎教が間違っていた。
まず、この子の発生時からして問題ありである。
妊娠の気づきというのは、人それぞれだと思う。
よくドラマなどで女性がゲーっと吐き、「ハッ! もしかしたら……?」というような場面があるが、そういう気がつき方はむしろ少数派のように思う。 |
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私はつわりはほとんど起きなかったので、「ゲーッ、ハッ!?」はナシであった。
いや、ちゃんと基礎体温ないしは排卵日をつけている女性ならば、もっと客観的に分かるはずである。それでなくても常識的に生理周期から分かるではないか。そんなにドラマに出てくる女性は、つわりがひどいうえ、基礎体温もつけていない生理不順な人ばかりなのであろうか? 妊娠も出産も想像上の動物、「獏」辺りを描くようにしか描けていない作品が多すぎるような気がする。
では、リアルな妊娠、出産とは何か。
それは、人それぞれ、としか言いようがない。
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私の場合、少しばかり「反射神経が鈍くなっている」と思ったのがきっかけである。
はっきり兆候があったのは、「実況パワフルプロ野球(略してパワプロ)」だった。知らない人に説明しておくと、野球ゲームである。私は子どものころソフトボールをやっていて、いまだに趣味はバッティングセンター通いと野球ゲームなのである。
「なんだかバッティングのタイミングがイマイチ遅くなるなあ、調子悪いなあ」
と思っていたら、妊娠だった。
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こんな風にゲームばかりやって、試合に勝っては喜び、負けてはチクショウと思い、選手を育て、ダイジョーブ博士イベントでは選手を壊されて激怒し……といったようなことを繰り返していては、落ち着きのない子どもが産まれてきても文句は言えない。
いや、それだけではない。わが子が発生したと思われるまさにその時期に、私は「龍がごとく2」を攻略中でもあった。このゲームは、ひとことで言うと「大人のRPG」である。通常、RPGというのは、少年の主人公が中世ヨーロッパを模したようなファンタジー世界を、モンスターなどを倒しながら仲間を集めて旅するものであろう。
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だがこのゲームは、主人公が背中に龍の刺青のある37歳のヤクザである。舞台は神室町という名の歌舞伎町そっくりの歓楽街である。通常のRPGだと、スライムやオークといった「まもの」が襲ってくるのだが、このゲームはチンピラやヤンキーといった方々が因縁をつけてくる。彼らは倒されると「すいません、これでカンベンしてください」と言ってお金や武器などを置いていく。それから、さまざまな大人の世界で遊ぶ。雀荘、パチスロ、カジノ、個室ビデオに個室マッサージ、キャバクラ通いに、なぜかサブイベントで主人公がホストクラブに勤めたりする。
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やはり、こんな血なまぐさく任侠くさいゲームをやっていたからだろうか? 女の子の魂は寄りついてくれなかったらしく、産まれてきたのは男の子だった。しかも、わが子ながら、なんだか妙に面構えがふてぶてしいというか、貫禄のある赤ん坊である。しまった。もっとお花畑に囲まれているようなゲームで遊んでいるべきであった(?)。
せめてこの蹴りっぷりを運動で発散すべく、歩けるようになったら一緒に公園でサッカーボールを蹴って遊ぼうと心待ちにしている。
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◇プロフィール
田中理恵子(たなか・りえこ)
東京工業大学世界文明センター・フェロー
筆名・水無田気流(みなした・きりう)で第1詩集『音速平和』(思潮社)が第11回中原中也賞受賞。第2詩集『Z境』(思潮社)近刊。エッセイ『黒山もこもこ、抜けたら荒野 ―デフレ世代の憂鬱と希望―』(光文社新書)が2008年1月発刊。
ホームページアドレス:http: http://blue.sakura.ne.jp/~intermezzo |
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