ママとパパのリレーエッセイ
ー第100回ー
たまこさん

「連絡帳」

おぎゃー」と初めての子どもが産まれてから、息子は21歳、娘も20歳になった。

 世間様から大人と認められる年となった子どもたちは、親の目を気にせず、堂々と夜遅くまで、…何をしている事やら…。
 
 何を考えようがどんな事をしようが、自分で自分の尻拭いをする歳になったのは、とにもかくにも、めでたいことである。  
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我家の子どもたちは0歳から保育園児となった。
 
 当時の保育園は、今ほど待機児童が多くなかったおかげで、案外すんなりと入れた。仕事を持ちながらの育児は、実に波乱万丈である。病気・怪我はもとより、思いもよらないアクシデントが続く毎日。とにかく知らないことだらけで、子どもに何かがあって、そこで初めて得る知識があまりにも多かった。
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母の就業日数と同じだけ、子どもたちは保育園で過ごす。だから、子どもたちのその多くの時間を母は知る由もなく、対面する色んな問題にも、
 
 「はぁっ?えーーっ?何ぃ?どうすりぁ良いんだぁぁぁぁぁぁ」
 と慌てふためく毎日だ。

 そんな子どもたちの育児ポイントを、唯一知ることができたのが連絡帳だった。
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家から先生に、朝の体温・昨夜の夕食・今朝の食事…の他、家での様子を連絡帳というノートに記入する。保育園から帰った後の、あんな事・こんな事。時には大笑いの失敗談や、困ったときの人生相談まで書いて、朝、先生に渡す。夕方のお迎え時には、先生から今日一日、保育園での出来事や様子が記入されてくる。まるで、母と先生の交換日記だ。

 連絡帳の記録から、息子や娘の1日が浮かび上がってくる。 
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幾度、その連絡帳に助けられたことか。ありがたい「記録」だ。おかげで、一緒にいてあげられなくとも、知らない事をいっぱい教えて頂きながら、安心して仕事と育児をする事が出来た。
 
 連絡帳は小学校1年の頃と、学校が終わって通った学童でも退所するまで続いた。仕事から帰ると、まず、母に提出されるのが連絡帳だ。
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連絡帳の間には、学校からのお知らせプリントや、宿題などが挟まっている。忘れん坊防止にも一役かっていた。 

さすがに、高学年になるにつれ、その姿は消えていき、気が付くと、子どもたちはプリントさえも出さなくなっていた。
 
中学生頃からは会話も
「今日はどうだった?」
「別にぃ…普通ぅー…」
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高校では、授業以外にも委員会・部活・塾・習い事、大学にはいると、バイト・飲み会・友人との付き合いも増え、母とはすでに遊んでくれなくなった。

子どもたちの1日どころか、半日も浮かび上がってこない…。
 あんなにあぶなっかしいヨチヨチ歩きが、連絡帳が無くなっていくにつれ、半人前ながら、自分の道を手探りで探し、たくましく歩いている。
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 それが、親離れ・子離れという成長なんだなぁ。きっと…。
 
そして、子どもが育っていく中で、親もまた育っていくのだと『やっと理解した!』頃に、私の子育ては、一段落した。

そんな子どもたちへ、「子育て波乱万丈」という1冊の本を書いた。

これから、たぶん(?)いつか・・・親になるであろう子へ、
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今でこそ、自分ひとりで大きくなったような顔をしているが、自分たちだって、立派な赤ん坊だったことを、この本で思い出してほしい…。ひとりで抱えると大変な育児も、自分の成長を参考にしながらなら、乗り越えていけると信じて、親からの子への連絡帳だ。

なんて、まだまだその予定もない、子どもたちに孫の夢を見ている 母であった。

 ははははは
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たまこさん著「子育て波乱万丈」
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