力を抜いて,ゆったりと・・・・

第13回  風の耳たぶ

■子どもの表情


 近所で子どもを見かけると、息子の友達かなとか、娘の友達に似ていると思うのですが、、
よく考えると、そんな小さな友達がいるはずもなく、自分のこどもたちが小さな頃に遊んでいた友達の面影をどこかで探していたりします。子どもの顔や表情はどこかみんな似ているところがあるようです。
みんな無邪気で愛らしく、こどもの世界に生きているのですね。
そして、ふとわれに返り、自分のこどもたちがもう大人の領域に入っていることを思い出します。
子育ての時期は長いようですが、過ぎてしまうとあっという間でした。

■こどものしあわせ、家庭のしあわせって何なのでしょう


 今、いじめの問題やゆとり教育の問題など、教育について、議論され、改革が進められていますが、
状況が良くなっているという実感がなかなか持てません。テレビでの有識者と言われる方々のお話を聴くにつけ、今小さな子どもを抱えている家庭が、どんなに教育について不安に思っているだろうと考えると、現代の子育て家庭の親たちが気の毒でなりません。
公教育に不安を感じ、私立受験に熱を上げる親も多いけれど、こどものしあわせ、家庭のしあわせっていったい何なのでしょう。
前回紹介した、灰谷健次郎の「風の耳たぶ」は、高齢の夫婦の1週間の旅の会話が綴られています。妻は癌の宣告を受けていて、二人は死を身近に意識しながら、人生を冷静な目で振り返っています。 沢山の荒波を乗り越え、人生の終わりの時期を迎え、心穏やかに、自分達の人生を振り返るこの夫婦の会話のなかに、今、時代に流され忘れられている大切なことを沢山見つけることができました。

■相手を尊敬する気持ちがあれば


 例えば、「相手を尊敬する気持ちは、どんな些細なことでもよい。ほんのちょっとしたしぐさや気配りの中にそれがあってもいいのじゃ。 えらいもんじゃ、あんな小さな子が、周りのことを考えて我慢しよる、ということがあったら、それがその子に対する尊敬の念になるじゃろ。」という藤三じいさんの言葉がありました。
友だち同士だけでなく、親子も夫婦も恋人同士もみんな友情で結ばれ、その根っこには尊敬の念があれば、
自分のことでなくまず相手の立場を考えて行動すれば、いろいろな人間関係がうまく行くということを普段忘れて暮らしていませんか。そんなことに気づかされました。

■養生訓から学ぶこと


 この本の中に、貝原益軒の「養生訓」からの抜粋が沢山出てきました。「養生訓」は、名前は知っていましたが、読んだことはありませんでした。しかしその内容は、現代にも通用することばかり、なるほどと思うことが多く私にとってとても新鮮でした。

「小児そだつるは、三分の飢えと寒を存ずべし。・・・・
小児に、味よき食に飽かしめ、きぬ多きをきせて、あたため過ごすは、大いにわざわひとなる。俗人と婦人は理にくらくして、子を養う道をしらず、只、あくまでうまき物をくわせ、きぬあつくきさせ、あたため過ごすゆへ、心病多く、或いは命短し」
俗人と婦人は・・・の部分は、話にならないけれど、心の病の多い現代の子育てのあり方思い至ります。

■ひとはひとりではない


 またこの小説に出てくる主人公の友人である画家の翔太郎と孫の会話でこんなのがありました。
「じいちゃんを身近に感じるときは、僕が何かに悩んでいるときや、落ち込んでいるときに、僕のそばに風みたいにやってきて、ぼそっとひと一言なにかを呟くときなんだよね。月がきれいなときは月をみろ、とか、風に耳たぶはあるかね、きみィ、とか。腹が立っているときや、いらいらしているときは、寝ごと言うな、このクソじじいと思うんだけどさ・・・そう思いながら、いつしか廊下に出て月を見たりして、しらずしらずのうちに、自分の耳たぶを撫でていたりする自分がいる。じいちゃんはおれの気持ちをわかってくれていたんやなあと思うと涙がこぼれてきたりして・・・」

人は、孤独な存在だけれど、ひとりじゃない、だれかがいっしょに並んでいてくれると思えると、安心できるし元気になれるのです。友だち同士はもちろんですが、親子も夫婦も恋人同士も、生徒や教師の関係も、みんな友情で結ばれた方がいい。そしてその根っこにあるのは、尊敬の念だという作者のメッセージは、いつの世も普遍の真実を伝えています。

■どんなに時代が進歩しても変わらないもの


   人工授精にとどまらず、体外受精や代理母など医学の技術が進み、倫理観が問われる問題も出てきていますが、この世に生まれ、育っていく人間、育てる親が、時代によって大きく進化することはなく、たぶん紀元前の時代から同じような過ちを繰り返し、子育てに悩んでいたのではないでしょうか。そして、親子間の葛藤があったことは間違いないでしょう。
 様々な技術が進み、インターネット、携帯電話とコミュニケーションや情報収集のツールが増えています。メールだけでなく、ブログや、mixiのような新しいコミュニティ形成やコミュニケーション手段も一般化してきています。
 人は誰かと繋がりたくて様々な新しい手段を開発し続けているのです。
しかし、どんな通信手段で人と人とがつながりを持っても、生身の人間同士の顔をあわせたコミュニケーションに勝るものは何もありません。
 1000通のメールよりもだまって、じっと寄り添ってくれる人を、尊敬を持って繋がれる人をみんな求めているのです。

■子育て環境で変わってきたこと


 この文の最初のところに、今子どもをめぐる環境があまり改善されていないと書きましたが、わたしが、一つ変わってきたと思うことがあります。
それは、家庭で就園前の子どもを育てている人への支援や理解が進んできたということです。
 専業主婦に対する理解が進み、専業主婦であっても、子どもを預けて何かをすることに罪悪感や抵抗を持つ人が減ってきているのは、とても喜ばしいことだと思います。
 家庭で独りで子どもを見ることの大変さが社会的に多少でも認められることにより、子育てに対する負担感が軽くなる母親が沢山いることは確かだと思います。

■一番大切でシンプルなこと


 子どもが小さいうちに、親子の信頼関係をしっかりと作り上げること。そして養生訓にあるように、おいしいものばかり与えすぎず、過保護にならないようにちょっと気をつけさえすれば、あまり難しく考えなくても昔の人もしてきたように、自然にこどもは育っていくのではないでしょうか。
 一番大切でシンプルなことさえ見失わなければ、世間や時代に流されることなく、生きていけるし、人はしあわせになれるのだと言うことを、「風の耳たぶ」を読みながら思ったのでした。


参照:「風の耳たぶ」 灰谷健次郎 角川文庫

みなさまのご意見ご感想をお待ちしています。
  
 子育てをしていて、嬉しかったこと、驚いたこと、困ったこと、つらかったことなど、子育てをして感じた様々なことを、みんなでおしゃべりしてみませんか?
 子育てコンビニでは、毎月「みんなで作ろう子育てコンビニ」という集まりを開いています。子育てコンビニのスタッフ以外は毎回新しい方の参加があり、いつも同じメンバーの集まりではありません。
 悩み相談に行くほどでもないけれど日ごろ気になっていることなどを、みんなで話してすっきりすることもあるようです。どうぞお気軽にお出かけください。
 皆様のご参加やメールでのお便りなどお待ちしています。


nana


このページトップへ 「そうだん」トップへ

2007年1月号

みたか子育てねっと・子育てコンビニトップへ