nanaの一口エッセイ~力を抜いて、ゆったりと・・・season2 第7回

公開日 2019/09/01

コラムnanaの一口エッセイ~力を抜いて、ゆったりと・・・ season2

第7回 伝えることの大切さ ~ 「夏に降る雪」を読んで

◆わたしの故郷
梅雨が長いと思っていたら、あっという間に夏休みに入り猛暑日が続いています。
8月に入ると、広島、長崎の原爆の日、8月15日の終戦記念日と戦争について考える機会がたくさんあります。
わたしは、このところ実家のある長崎県佐世保市へ母に会うために通っています。
大学で東京に来るまで暮らしたこの街へは、3年前に母が倒れるまでの40年ほどの間は、行ったとしても年に1回、1、2泊といったところでかなり疎遠になっていました。
ところが、母の見舞いや様々な手続きなどもあり、この3年間数えきれないほどの回数と、一回の滞在が長期になり、すっかり生まれ育ったこの街に親しんでしまいました。

今回は、ふらっと立ち寄った昔懐かしい書店で、「夏に降る雪」という本が目に留まりました。
装丁から小学生か中学生向けと思われましたが、”戦争の歴史を刻む町、佐世保 ~ 実在する「戦争遺跡」を通して、自分と向き合い、現代を生き抜く子どもたちの物語”という帯に惹かれ、読むことにしました。

父は学徒出陣で戦争に行ったのですが、陸軍だったということくらいで、詳しい話は聴かないままでした。
そして、この小説に出てくる佐世保大空襲の事も何も知らず、ましてこの本に出てくる”無窮洞”については聞いたこともありませんでした。


◆”無窮洞”とは
無窮洞は、旧宮村国民学校地下教室の防空壕として、第二次世界大戦中に掘られました。
掘ったのは、国民学校高等部(現在の中学)の生徒たちだったそうです。8月15日に終戦の日まで、2年に渡って、男子がツルハシなどで堀り、女子が整形をし、下級生が運び出しを担当したということです。
空襲の時に全校生徒約600人が避難したと言いますからかなりの大きさと広さです。
わたしは、写真しか見ていませんが、まるでヨーロッパの中世の修道院の地下室のように天井も高く立派なものです。
石の教壇や、水飲み場、台所にはかまどもあります。

◆戦争の悲惨さを体で感じ表現する
「夏に降る雪」は、東京から母親の生まれ故郷である佐世保に引っ越してきた少年の物語でした。
父親の失業で引っ越すことになったのですが、内気で目立つことが嫌いな少年にとって、転居やそれに伴う転校は大きな出来事でした。
なんとなく馴染めずにいた学校でもらってきた演劇の出演者募集のチラシがきっかけになり、この少年がこの街で大きく成長していく姿が描かれていました。

そして、この劇のテーマが、子どもたちが2年間もかかって掘り続けた防空壕”無窮洞”でした。
劇を通して子どもたちが戦争の悲惨さを体で感じ取り表現し、この劇に関わった友だちやこの街の大人たちとの関係を深めていくという心温まるストーリーとなっていました。
再就職がうまくいかない父親、そんな父を懸命に支えている母親、そんな環境の中で、多感な少年のこころは揺れながらたくましく育っていきます。

◆戦争を乗り越えた人の底力
長崎の原爆から74年。私自身も、戦争を知らない世代です。
ゴールデンウイークに肺炎で入院し、食事も自分で取れなくなりほとんど寝たきりの状態だった母は、今は一人で座って食べられるようになっていました。
リハビリも頑張って続けています。
90歳という年齢を考えると、この3ヶ月間の回復ぶりには驚くばかりです。
その気力のベースには、戦争を体験したものの強さがあるのではないかと、どんなに苦しい時期があっても希望を持ち続けるということ、戦後の日本のこの大きな変化を見てきたものの底力があるからではないかと思い当たりました。
主人公の少年は、ひいおじいちゃんや、当時無窮洞を掘ったお年寄りの話を聴き、「あきらめんかったら、その先に必ず光はある」という言葉に心の支えを見出します。

◆伝えることの大切さ
戦争の体験は、想像を超えた辛いことだと思います。戦争を知らない人には話してもわかってもらえないと思って、話さない人も多いと聞きます。確かに、わたしも祖母や父母から戦争の話をちゃんと聞いた覚えがありません。
90歳になってから、被爆体験を語り始めた人がいると聞きましたが、それほど辛く酷い体験は人の心を頑なにしてしまうのでしょう。
わたしや、子どもたちにもっともっと話しておいてほしかったと今更ながら思います。

作者のあんずゆきさんは、「やんちゃ子グマがやってきた!」の取材で佐世保を訪れ、無窮洞の資料を見て強く惹かれ、さっそく訪ねたのだそうです。
作者が、戦争中の子どもたちの前向きな力を感じて訪れた無窮洞、「そこは全くの異空間、荘厳な空気に満ちていて、たましいを強くゆすぶられました。」とあとがきにありました。
こういう場所が残っていること、無窮洞の使命が戦争の事実とここを掘った子どもたちの存在を伝えることであるならば、この話をわたしも伝えなければという思いで拙エッセイでこの本を紹介することにしました。
わたしもぜひ無窮洞の空気を体で感じに行きたいと思っています。

戦争を知っている世代がどんどん少なくなっていく中、今の平和は多くの人々犠牲の上にあること、そして「戦争は絶対にしてはいけない」と、親から子、子から孫へと伝えていくことの大切さをひしひしと感じています。


※「夏に降る雪」あんずゆき作 佐藤真紀子 絵 フレーベル館

nana

2019年9月号