一般社団法人みたかSCサポートネットを立ち上げたチカラ~第6回 三鷹市小・中一貫教育構想の風

公開日 2019/10/10

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一般社団法人みたかSCサポートネット代表理事の四柳千夏子です。防災教育や補習学習などで、学校教育とコラボしながら子どもたちの支援活動をしています。また、文部科学省総合教育政策局コミュニティ・スクール推進員(CSマイスター)としても、全国区で活動しています。三鷹の教育にどっぷりとはまっているこの20年間を8回にわたりおはなしさせていただきます。


<第6回> 三鷹市小・中一貫教育構想の風

~コミュニティ・スクール開設に向けて~
同じ頃、三鷹の教育界には新しい風が吹いていた。小・中一貫教育構想である。二中学区(二小・井口小・二中:にしみたか学園)がモデル校となって、開設準備検討委員会ができた。平成17年のことだ。私は、一般市民枠に応募して委員となり、会議に参加して驚いた。モデル校三校の先生方が、校務分掌や一貫カリキュラムの案を、授業などの通常業務の合間に、すさまじい努力で作成しているのを目の当たりにした。会議の席では、校長先生たちも必死の形相だった。委員同士で議論を闘わせる場面も多く、地域やPTAなども含めたにしみたか学園の関係者が「やるためにどうするか」で、まさに闘っていた。こんな専門的な領域に私たちがかかわっていることに背筋が伸びる思いがした。会議の内容はとても難しかったが、よい勉強になった。


~見守り続けた小学生たちは…15才の若者たちの旅立ち~
小学生の成長を見続けたあと、中学校のPTA会長を経験したことも私にとっては大きなことだった。

まず大きかったのは、PTA会長として学校に日参することで見た、中学校の先生の奮闘ぶりである。私はそれまで失礼ながら、小学校の先生に比べて中学校の先生は楽をしていると思っていた。学校に行ってみればわかる。中学校の先生たちは決して楽なわけではない。むしろ、思春期の難しい年頃の子どもたちと、日々真剣に向き合ってくれているのだ。生徒たちの力を尊重しながらも、小学校のように手取り足取りではなく、かといって放任でもなく、生徒との信頼関係を築きながら、「自立」に向けての指導をし、進路について自己決定を促し、自分の意思で勉強をさせ、高校に送り出してくれているのだ。

小学生の頃には、あんなに無邪気で素直だった子どもたちも、中学生になった途端生意気になって、道ですれ違っても困ったようなむっつり顔をして挨拶もしなくなる。大人との会話も嫌がるようになるし、こちらも何だか声をかけづらくなる。男の子などは、中3ともなると一瞬誰だかわからないほど成長していて、こちらも気恥ずかしくて声がかけられなかったりする。でも、高校受験という人生の一大事業を乗り切った後の彼らは、一皮むけて少し大人の顔を見せるようになる。もちろん自分の思い通りの進路選択ができた子もいれば、残念ながらそうではなかった子もいる。

けれども、卒業式の彼らの姿は、頼もしく成長した15才の若武者のごとくであり、誇りを持って校歌を歌う生徒たち一人一人の、これから先の幸せを願わずにはいられなくなる。「しっかりやれよ」と背中を押してあげたくなる。全ての3年生に、胸を張って笑顔で卒業してほしい。

そして感じたのだった。この15才の若者たちの旅立ちを一緒に祝うためには、そこまでの成長の姿につきあうことだ。寄り添うことだ。見守り続けることだ。小学校1年生から中学校3年生まで、義務教育9年間。それが、小・中一貫教育、コミュニティ・スクールにかかわろうと思う気持ちの根幹なのだと。


~コミュニティ・スクール委員としてのスタート~
そうして、平成21年4月、私たちの学校も、中学校区でのまとまりで、二つの小学校と一つの中学校の三校での「学園」として開園した。同時にコミュニティ・スクール委員会ができ、私は支援部を担当することになった。支援部は、「学園の教育方針をもとに学校教育を支援し、学園の教育活動への保護者・地域人材の積極的な参画促進に関する活動をする」とある。委員は4人と担当校長。偶然にも4人全員が三校いずれかのPTA会長経験者だった。

さっそく部会を開き、私たち支援部の活動の柱をみんなで確認した。全員一致でまず決めたことは、「学園、学校が望まない支援はしない」ということだった。学園に寄り添うこと、これが私たちの基本姿勢であることを確認した。それともう一つ「学校の主役は子どもと先生である」ということも大切な確認事項だった。ごくごくあたりまえのことなのだが、これをみんなで確認しておくことが大事な作業だった。それから具体的に何をしていくかを話し合った。

[1]学園としての学習ボランティア組織を作る
[2]学校の授業ではできないチャレンジの場を作る
[3]キャリア教育、アントレプレナーシップ教育などのゲストティーチャーの活用

この3つを支援部の活動の柱であることをみんなで確認し、「学園」でのまとまりとして様々な取組を始めたのである。


~地域コーディネーターの二人三脚~
学園の中のもう一つの小学校にも地域コーディネーターがいるので、2人で連携をとった。それぞれの地域子どもクラブでやっていたソフトバレーボールで交流し、合同練習や練習試合をやっていた。その流れで、平成21年度に学園でのソフトバレーボール交流大会を企画。小学生はもちろん、中学生にも声をかけ、先生・保護者など、学園にかかわる全ての大人にも参加を募り、当日は140名ほどが小学校の体育館に集まり、小学生チーム、中学生チーム、先生チーム、大人チームなどがソフトバレーボールで交流した。

大会を開催したことでの大きな成果は、中学生の参加だった。参加してくれた中学生は、小学校時代、地域子どもクラブでソフトバレーボールを経験した子たちで、機会があればまたソフトバレーをやりたがっていた。今回声をかけたところ、何人かが中心になってメンバーを集めて、小学校時代のチームを再結成してくれた。彼らは本当に楽しんでくれた。それに小学校の先生方が一緒になって楽しんでくれて中学生vs先生のドリームマッチなどにも乗ってくれた。みんなの笑顔が「やってよかった」の思いを強くした。

この後日談がある。きっと楽しかったのだろう、中学生が「もう一回やってほしい」と申し出てきた。正直、年に2回も開催するのはかなりキツイ。しかし、せっかく中学生が自分たちの要望を言ってきたのだ。彼らは「練習」と称して小学校のソフトバレーに顔を出し、小学生の相手をしてくれるようにもなっていた。何としてももう一度やってあげたい。学園長に無理をお願いし、3月の春休みに卒業進級記念ミニ大会を急遽開催できることになった。ミニ、として小規模にしたはずが、当日は卒業した子たちも参加してくれて、なんと前回より中学生の参加が増えていた。

中学生たちは、小学生チームに助っ人として加わったり、先生たちに真剣勝負を挑んできたり、自分たちが楽しむことで、小学生と大人たちのかけはしになっていた。小学生には気を使って優しいプレーをし、大人にはムキになっている姿は、普段の中学校生活ではあまり見ることができない頼もしさを感じた。

彼らはまだ子どもだが、同時にもう子どもではない。地域の中では「やってもらう」立場でもあるが、「やってあげる」立場も十分に果たせるのだ。中学生の可能性を大いに感じることができた。しかもその姿を、小学校の先生はじめ、多くの大人たちがこの目で見、彼らのエネルギーを感じることができたことも開催の大きな成果だったと思う。

そして、私たち地域コーディネーター2人のその活動が認められる形で、中学校に放課後の居場所を作る予算をいただいたのだった。

中学生には、大人が準備万端に用意した居場所はいらない。彼らがやってみたいことを支援していくやり方で、中学生の居場所を作っていきたい。部活などの居場所が特に無い子どもたちのために少しでも居場所を作ってあげたい。そんな思いがあった。平成22年のことだった。


 

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一般社団法人みたかSCサポートネット http://mitakano.grupo.jp/
 

2019年10月号