ママとパパのリレーエッセイ第202回-平川恭子さん

公開日 2019/12/01

コラムママとパパのリレーエッセイ 第202回 -平川恭子さん

子育てひろば てくてく を運営しております、NPO法人あそび環境Museumアフタフ・バーバンの平川恭子と申します。

2016年12月にアフタフ・バーバンの事務所が武蔵野市吉祥寺から三鷹市深大寺へ移転。
それをきっかけに2017年5月に事務所1階にて子育てひろばてくてくを開所しました。

アフタフ・バーバンは「あそび」「関わり合い」をテーマに表現あそびのプログラムや劇作品、指導者研修や講演会等で全国をまわっている団体です。
子育てひろば てくてくは、アフタフ・バーバンで初めての「場」となります。
私は産後復帰して一年目にその「場」を開所し代表を担うことなりました。
様々な形で子育て現場、教育現場、保育現場、地域等、子どもたちが育つ場に関わってきていますが、今日は子育て中の一個人としての私自身の思いをさらけ出せたらと思います。

29歳で保育士を退職し、アフタフ・バーバンの専任で生活する道を選び10年間。
誰もがこの人にはもう結婚とか出産とかないだろうと思うほどアフタフ・バーバンの仕事にのめり込み無我夢中でやってきました。
ところが縁あって、結婚、39歳で出産。
アフタフ・バーバンという団体ができて産休育休をとる初めての人となりました。
初めてだらけ。「おめでとう」と言われる言葉が染み込んでこないほど、アタフタの妊婦生活、育児生活をおくることになりました。

ゆっくり調子をとっていけるようになればいい、そう言い聞かせてやってきていますが、いまだに調子が合うということはなく、ずっと調整中の生活です。
我が子はこの9月で4歳。
ザ!男子!!寝る間際まで動き回っています。追いかけるのに必死というよりは、追いかけられないが現実かもしれません。
子どもの生活面での自立が進むと楽になるよと言われてきましたが、ずっと張ってきた気が抜けたのか、今が一番しんどいように感じる今日この頃です。

そんな私が出産子育てを前向きに振り返れるようにも思いませんが、リレーエッセイのお話を頂いたときに、ふと自分のこの四年間が浮かんできました。
私事のオンパレードですがお付き合いください。


【子どもを産んで嬉しかったこと】

高齢出産で無事に出産できるのか、子どもが健康で生まれてきてくれるのか、もし障害のあるこだったら、、、我が家の経済力で育てていけるのか仕事を変えなくはいけないのか等々悩んでいたときのこと、友人のお母様から「どんな子が生まれてきてもみんなで一緒にそだてよう」という言葉をもらえたこと。

胎便吸引症候群で産後すぐに保育器に入りたくさんの管に繋がれている我を子を前に、泣いても抱いてやることも、母乳をあげることもできず、ただただ自分のことを責めていたときのこと。
NICUの看護婦さんが「〇〇先生はとっても素晴らしい先生ですよ。〇〇先生が当直のときに生まれてきてくれて、この子はラッキーボーイですね」と言葉をかけられた。
こんなに辛そうな状況なのに「ラッキーボーイって・・・」と思ったけど、あ~この子は生まれたときからいろんな人に恵まれてたくさんの人に手をかけてもらっているんだな~と、真っ暗だと思っていた現状に光を感じることができた。

ちょうど「明日からいよいよ保育園に預ける!」という入園準備に追われていたとき、生後6ヶ月の息子が初めて声をあげてケタケタ笑った。

出産のお祝にきてくれた知人が、私のためにと言って珈琲を淹れてくれた。
ただそれだけ、ただそれだけなんだけど美味しかった~。嬉しかった~。
今までだって人に珈琲を淹れてもらうことは多々あったけど、独り身のときとはまったく違う嬉しさが込み上げてきた。

息子を他人の家に預けるのに慣れていなかった頃、預け先の近所の方から「部屋からいつも出てこない高校生の息子も、帰りが遅い大学生の娘も、リビングにいたのよ。この子がいてくれたおかげで、久しぶりに家族みんながリビングにそろったわ」と言われた。
こんなに小さな、人の手がなきゃ生きていけないこの子でも誰かの役に立てるんだ。
預けてご迷惑かけて申し訳ありませんとか、我が子にもごめんねとか、マイナスなことばかり思っていたけど、この子の存在に対して「ありがとう」と言われるなんて、すごくハッピーな体験をさせてもらっているんだと思えた。

三歳の子どもを連れて普段行くことのない新宿高島屋をフラフラ・・・
はあ~、子連れでデパートってほんと疲れる!と思っていたら、
コーヒー豆を売っているカウンターだけの喫茶スペースがあるところで
「ん~~~。いい匂い」と私。
「ちょっとおちゃしてこうか」と息子。
「え?!いいの?!!」と私。
(そこでお店の人に子どもが飲めるものがあるか確認。当然珈琲しかなく・・・という状況で)
「ぼくおみずでいいよ。すわってこ」ですって。
よっぽど疲れていたのか、私がいつもそうしてるのか、私がそうしたいことがわかったのか・・・。
我が子とこんな時間を過ごせるときがくるなんて・・・としみじみ。

子どもを通じて仲良くなった、いわゆるママ友からお仕事のご依頼をいただいた。
しかも今まで私にはご縁のなかった外資系の企業。
子ども対象ではない、大人だけであそぶ。
職場交流会とでもいうのだろうか、チームビルディングと言うらしいが、そこで社員が交流できるプログラムをというご依頼だった。
だからプログラム実施はみなさんが仕事を終えた夜となる。

プログラムの準備をしながらの会話。
「今日の夜はパパがいられるの?」とママ友。
「うん。まあ、夕飯ばっちり支度してきたよ。」と私。
「ありがとう。それが一番ありがとう。」とママ友。
自分の家のことやってきただけなのに、そんなこと言ってもらえるなんて!!目からウロコの驚き。
仕事に来るために、この仕事するために、その段取りをとってきてくれて「ありがとう」と言ってもらえてる気がした。
これ、すごい言葉だ!って、誰にでも言える言葉じゃない!って、もすごく感激した。


【子どもを産んで腹立たしかったこと】
※(注)気分を害したらごめんなさい。

我が子が生後3ヶ月頃のこと、どうしようもなく苛立ち、どうしようもなく不安で、なんだかわからないけど悲しくて、ちょっとした言い争いで夫と大喧嘩。
解決することもなく、すっきりすることもなく、どこにもその感情をぶつけることができず結婚祝いにもらった木製のお皿(割れても飛び散らない)を床に思いきり投げつけて割った。そこまでしているのに旦那はいびきをかいて寝ていた。  

まだ子どもを連れて出かけるのに慣れていなかった頃、電車の中はエアコンで寒いかも、外に出たらもうそんなに暑くないかな???脱ぎ着しやすいように・・・といろいろ考えて子どもに着せた服。
でかけ先で「それ着せすぎじゃいない」「おばあちゃんの子みたい」と言われた。

旅仕事にでると必ずといっていいほど「お子様はどうしてきたの」と聞かれる。
(ちなみに子持ちの男性スタッフが旅仕事に行ってもその言葉を言われることはない)
決して悪意はなく、関心を寄せて、心配してくださってお声掛けいただいていることは頭ではよくわかる。
でも私には「お子様どうしてほってきちゃったの」と言われているように感じる。
「留守の間の食事を用意して、留守の間の段取りをとってきて、私が留守でも大丈夫なようにしてでかけてきています」とは言わない。
「旦那がみてます」とか、「知り合いに預かってくれる人がいて」とか、「実家の母に来てもらってます」とかこたえると、
「いい旦那さんね」「まわりの協力があってよかったわね」「お母様がお元気だと助かるわね」と言われる。
はい、そうなんですけど、本当にそうなんですけど、そこに至るまでに私がしてきたことには誰も触れない。

不思議なんだけど何一つ終わりがやってこない。
MAXで必死で仕事も家のこともやってるんだけど、不器用なので仕事遅くて全部こなしきれなくて、我が家は片付かないままで、仕事はおいつかない毎日で、でも私これ以上できない!ってくらいがんばっているんだけど、毎日「すみません」「よろしくお願いします」「ありがとうございます」「ご迷惑かけます」って言っている。
そして、「いいよいいよ」「たいへんだもんね」「無理しないで」と声をかけらる。
もう十分に無理してるんですけど・・・。
世のお母さんたちって、みんなこんな状況なのかな?私の能力が低いだけなのかな?
みんな、どこでどうやってどんなふうに「助けて」って言えるんだろう???


自分の子育ての状況から社会の子育て環境を考えるようになった。
この立場になったから感じること。。。見えてくること。わかること。

いつまでたっても「合格」「よし!」はもらえない育児。
「たりない」ことが「あなたのため」のアドバイスとしていろんな方向から飛んでくる。
どんどん人に弱音がはけなくなっていく、甘えられなくなっていく、逃れられない「お母さん」という責任。
だけど子どもを産んだからこその出会いもたくさんあって、面白い気づきもたくさんある。
苦しいけど、苦しいばかりじゃない。とてつもなく幸せに感じることもある。
この状況で腹立たしいことたくさん。でもこの状況だから味わえる嬉しいこともたくさん。
人の言葉で傷つくけど、人の言葉で癒やされる。
だから私は自分の感じた「嬉しい!」をただひたすらに循環させていきたいなと思う。

ちょっと疲れたら堂々と休んで、自分のペースで「よっこっらしょ」って重たい身体動かして、、、
今日もいっぱい文句言いながら、誰かと顔見合わせて笑っていられたら、、、
それだけあれば、それさえあれば、それで充分幸せなだなと思う。
 

2019年12月号