南仏だより

その4

皆様

■親子のつどい
 先週、ニースから30分ほどのところにあるソフィアンティポリという新しくできたIT・情報産業都市に行ってきました。目的はITの視察ではなく、「英語圏・英語もしくはフランス語が話せるお母さん(お父さん・保護者)と幼児のあつまり」に参加するためです。(集まる目的は、みんなで歌を歌ったり、子供同士で遊んだり、悩みを相談したり、情報交換したり」です。)貴慶も一人のことが多いので、たまには同じ月齢の子供とのふれあいも必要だと思ったのと、こちらの集まりはどのようなこと、どのような人たちがくるのだろう、という私の興味もありました。
 ボランティアセンターやWEBで色々探したところ「ソフィアンティポリ」という場所で行われている事わかり早速出かけてきました。日本、東京ではそのようなイベントやサークルが多くみられ、たまに参加もしました。こちらヴィルフランシュにはもちろん、ニースにもそのようなはイベントやサークルはありません。先日あるお母さんに「そのような集まりはあるの?」と聞いたところ「ないんじゃない。しらないわ〜。集まってなにするの。」と言われてしまいました。。。(その気持ちも分からなくはないけれど。。。)
 10時から始まり11時半までの1時間半の集まりでした。全部で15組ほどの親子が来ていました。グループの主催者はアメリカ人だったこともあり、大半はアメリカ人・アメリカ系フランス人、それにイギリス人でした。日本人は私達だけで、いままで会を主催して初めてとのこと、また大半の親子が会場まで10分くらいの距離の方が多かったらしく、ニースのとなりのヴィルフランシュから、しかもバスで来た、といことでも大歓迎をうけました。
 集まりの内容は、東京で私がいままでに参加したことがある、親子の集まりと大差ない内容でした。
 初めに親子の自己紹介をして、知っている英語の歌を提案して、みんなで輪になって歌いました。それから子供たち自由時間でした。おもちゃが次から次へと出てきて、子供達は自由に遊んでいる間に、親同士はお菓子をつまみながらお話をはじめました。
 アッと今に1時間半が過ぎ、貴慶も久しぶりに同じ年くらいの子供に混じって楽しそうに遊んでいました。私もこの会がきっかけで、カリフォルニア出身のアメリカ人のお母さんの親子の友達(ステファニーとクレア)ができました。遠くまで行ったかいがありました。

■ステファニーとクレア
 先日の「親子の集い」でお友達になったステファニーとクレアと昨日、ヴィルフランシュの対岸にあるコートダジュール屈指の高級な場所サンジャンカップフェラというところにある中規模な動物園に行きました。猿が放し飼いになっていたり、ダチョウやヤギ、ロバなどに自由に餌をあげることができる、動物も人間もとても自由な雰囲気になれる動物園でした。
 そこでステファニーの子供クレアについてとてもプライベートな話題になりました。今日はそれについてお話します。
 ステファニーは一見して白人とわかり、少しアジア系の血が混ざっているかな?と思わせるくらいです。クレアは見るからにアジア人です。黒い髪をして、アジア人の顔の骨格で、中国人か台湾人かな〜。と最初見たときから思っていました。こちらに来てから何組もこのような、白人とアジア人の親子の組み合わせ目にします。ヴィルフランシュの街でも見かけたことがあります。
 ステファニーの場合のこと、ステファニーが教えてくれたことなどを中心に書きます。ステファニーとご主人はカリフォルニア出身のアメリカ人で、ステファニーのおばあさんは中国人だそうです。ステファニーはつい4ヶ月前にクレアを中国の孤児院から養女に引き取ったとのことです。 

−クレアが養女になるまでの経緯−
☆☆準備☆☆
 アメリカでは養子縁組がもっとフランスより盛んに行われていて、養子縁組のエージェント(企業)もたくさんあるそうでうす。もちろんパリやニースをはじめフランスにも多くの養子縁組のエージェントがあるそうですが、当然全てのプロセスをフランス語でしなくてはならず、ステファニー達はフランス語が母国語ではない為そのプロセスはとても大変だろうと思い、母国アメリカのエージェントにしたそうです。
 ステファニー夫婦は3年前アメリカのニューヨークにあるエージェントに養子縁組の依頼をしたそうです。依頼の条件として、中国人のなるべく年齢の小さい子を希望したそうです。実際に依頼するにあたり、夫婦の出生証明書から、結婚証明書、在住証明、銀行の証明書、学歴、職歴、収入証明、医療検査証明など様々書類が必要なため、何度となくアメリカに行き書類を集めてまわったそうです。また自分達の幼少時代から学校、職場、プライベートについての自己紹介文を細かく、10ページにも渡り書いたそうです。
 そして書類が揃って2度の面接をアメリカで終え、待つこと2年。 

☆☆中国人の子供を養子にするには☆☆
 中国では数年前まで積極的に養子縁組を政府の政策として行っていたそうです。(現在はあまり積極的に行っていないとの事です。)ただし男の子は大変重宝されるので中国人の養子=女の子というのが基本だそうです。また養子にすることを決めるにあたって事前に写真を見れたり、子供と会うことは一切できなく、男女の希望と、月齢の希望を言えるだけとの事です。月齢の希望といっても中国側で養子を選ぶのに最低1年はかかるとのことなので、どんなに月齢の低い子でも1歳は過ぎている場合のほうが多いそうです。

☆☆連絡が入ってから養女にクレアを迎えるまで☆☆
 ようやく半年前に中国政府からエージェントを通して養子が決まりましたとの連絡が入ったとの事。養女になると選ばれたクレア(その時には中国の名前があったそうですが)の写真と年齢、生まれてからのことを全て書類で受け取り、養女に迎えるサインをしたそうです。この場で断ることはもちろん可能だそうです。その場合はキャンセル料にあたる料金を支払うそうです。(料金については聞けなかったので私には不明です。)
 サインをしてからがとても対応が早かったとのこと、あっというまに中国までの飛行機のチケットの準備をして、子供のベットや必要なものを準備し、中国の北京に夫婦で行ったとの事です。そこで初めてクレアと対面し、次の日にはニース行きの飛行機にクレアとステファニー夫婦で乗っていたとの事です。

☆☆クレアを迎えてのステファニーの生活と私の感じたこと☆☆
 養子をして子供を迎えたケースを除いて、それ以外は子供が生まれた瞬間からその子どもに接して、1ヶ月、半年、1歳の誕生日を迎え、日々成長を実感しながら親子としての関係、時を重ねていく場合がほとんどだと思う。ステファニーとクレア達の場合のように、ある日とつぜん親になって、しかも1歳を迎えて
「赤ちゃん」と呼ぶには少々大きい月齢の子供を迎え、もう3ヶ月が過ぎようとしてる。肌の色、髪の色、骨格という外見上のことを除けば、ステファニーのクレアに対する愛情は私を含め、なんらほかの親子と代わりがないように思えます。ステファニーも言うように、「ある日突然親子の生活がスタートしたのよ。はじめは笑ってくれなかったクレアがはじめて笑ってくれるようになって、抱っこしてとせがんだり、声を発してくれたり、毎日が楽しくて楽しくてたまらない。二人目の養子も考えているのよ。」
 親子、親と子という関係は、自分がお腹を痛めて生んだから親になれるとか、血がつながっているから親だ、とかお腹を痛めてないから親ではないとか、そういう簡単に割り切れるものでは決してないのだなとつくづく感じました。

今日は少々長くなってしまいました。お付き合いいただきましてありがとうございました。

 ではでは南仏より、親子について考えた今日この頃でした。

 来週木曜日からは忙しくなりそうです。お友達が沢山やってきます。中野も2泊4日で来ます。その前にまだまだ行きたい街、村、美術館、公園がたくさんあります。どうか天気が良くなりますように!

 皆様もご自愛くださいませ。

まさき 
 

1通目の手紙へ 2通目の手紙へ 3通目の手紙へ

まさきさんのHPはこちら!
コラムトップにもどる